研究内容
現状のネットワークの問題点
インターネットに接続されているホスト数は現在,全世界で数億台に達するとも言われており,コンピュータの前にいながらにして世界中の情報が得られるようになっています.インターネットを支える通信技術は,エンドホストの間でパケットを誤りなく通信するための TCP (Transmission Control Protocol) と,パケットを送信ホストから受信ホストまで,ネットワーク内のルータを経由しつつ送り届ける IP (Internet Protocol) が中心になっています.言い換えれば,ネットワーク内では IP がエンドホスト間の接続性 (connectivity) を保証するだけで,ベストエフォートネットワーク (エンドホスト間でやりとりされるパケットをできる限りの努力で配送する) と呼ばれているゆえんになっています.
エンドホストの高速化,アプリケーションのマルチメディア化,高度化に伴って高まり続けるユーザのさまざまな通信品質 (QoS: Quality of Service) 要求を満たすためのしくみとして,インターネットの標準化団体である IETF において IntServ (Integrated Services) ネットワークが標準化され,将来のマルチメディアネットワークの基盤となることが期待されました.しかし,すぐにスケーラビリティおよび現行のネットワークからの移行 (Deployment) に関する問題が指摘されるようになりました.IntServ の反省に基づいて考案されたのが DiffServ (Differentiated Services) で,そこでは QoS 保証はあきらめ,QoS に関するコネクション間の差別化にとどめることにより,上述の2つの問題点は解決されたかに見えました.しかし,DiffServ アーキテクチャについてもいくつかの問題点が指摘されており,広く利用されるには至っていません.
上記2つのネットワークに共通する問題点は以下のようになります.IntServ では QoS 保証のために,送受信ホスト間のすべてのルータにおいてネットワーク資源を確保する必要があります.そのために,途中経路をあらかじめ決めておく必要があり,通信中にルータや回線の故障があるとそのしくみ自体が破綻します.これは DiffServ においても共通する問題です.特に,今後,モバイル通信技術が発展すると,たとえ故障が発生しなくとも,エンドホストの移動によって,エンドホスト間のネットワーク資源は半固定的に存在するという仮定自体が成立しなくなってしまいます.
一方,Web システムに代表されるサーバ主体のネットワークの持つシステムの脆弱性,スケーラビリティの欠如,サーバボトルネックによる性能限界などの問題を解決するものとして,エンドホスト間の直接的な通信によってサービスを実現する P2P (Peer-to-Peer) ネットワークが登場してきました.P2P ネットワークを導入し,サーバ主体の Web システムから脱却することによって,耐故障性やスケーラビリティを確保できること,サーバを介さない「中抜き」によってサーバやネットワークの初期導入コストや管理コストを削減できること,その結果,情報システムの運営者,管理者が不要になること,などが期待できます.また,サーバを介さず,ユーザがさまざまなコミュニティに属することができるようになるため,情報化時代における自律・分散・協調による主体的活動を促進できるようになります.
しかし,必要な情報を発見するためにネットワーク全体に問い合わせをフラッディングするピュア型 P2P と,メタ情報(情報そのものの所在を示す情報)を管理するサーバを導入することにより検索効率を向上するハイブリッド型 P2P の対比にみられるように,P2P ネットワークにおけるスケーラビリティと耐故障性,性能は相反の関係にあり,最終的な解決策はまだ得られていないのが現状です.
以上の例にみられるように,ネットワークにおける一つ一つの問題を解決するのは実はそんなに難しくありません.類似の問題は過去にも数多くあり,それを参考にすれば良いからです.ほんとうに難しい問題は,
- 現状におけるハードウェアやソフトウェア技術の限界を知り,また,将来にわたる技術限界を予測しつつ,
- 現状,および,将来にわたって必要とされるネットワークサービス像を明らかにした上で,
- 全体の調和を図るようなネットワークをデザインすること
です.
これがネットワークアーキテクチャであり,その構築を行うことがわれわれの研究グループの目指すところです.
将来のネットワークの方向性
今後のネットワークアーキテクチャに必要とされるキーワードは,以下の3つと考えています.
- 拡張性(スケーラビリティ):インターネット利用人口の増加は言うまでもなく,センサ機器の増大,情報家電の普及など,インターネットに接続される情報機器端末の数は今後ますます増大します.また,それらの機器は当然,モバイル環境において利用されることが前提になります.その結果,ネットワーク資源の管理方法も当然変化せざるをえず,また,ルータ数やエンドホスト数,ユーザ数の増大に対応可能としておく必要があります.
- 多様性:ネットワーク技術はますます多様化しています.無線 LAN や第 4 世代 技術などによる無線回線,DSL や FTTH 技術などのアクセス回線,ギガビットイーサなどの LAN,光通信技術によるバックボーン回線など,さまざまな高速化技術が開発されつつあります.その結果,過去たびたび提唱がなされてきたような単一のネットワークアーキテクチャによる統合ネットワークはもはや存在しえず,その結果,安定した通信回線をエンド間で提供するような通信形態の実現もあり得ないということになります.また,情報機器・デバイスの多様性からネットワークに流入するトラヒックの特性はますます多様化します.
- 移動性:モバイル環境においては,利用者自身の移動を考慮しなければなりません.そのためには,柔軟なネットワーク制御が必要になります.さらに,通信相手となる他の利用者にとっては,ネットワーク資源そのものの移動や生成・消滅までもが頻繁に発生することを意味することになります.また,P2P ネットワークのように情報資源提供者がサーバではなく,ユーザである場合,コンピュータをネットワークから容易に切り離すことも考えられます.さらにモバイル環境では,ルータ自体が移動する可能性がでてきます.
以上 3 つのキーワードを前提とした場合,「すべてのユーザの通信要求を満たす」単一のネットワークアーキテクチャはもはや存在しえず,それよりも,エンドホストの適応性 (adaptability) 向上を根幹とし,ネットワークはそのような適応性をサポートするための機構を提供することを基本原理としていく必要があります.そのためには,ネットワークの状態を自律的に知る必要があり,ネットワーク計測技術を根幹したエンドホストの制御が必須になります.一方,ネットワークは,エンドホストの適応性を前提とした自律的分散的制御が重要になります.このような研究の方向性は,バックボーンのインフラストラクチャとなるフォトニックネットワークにおいても例外ではありません.
インターネットはもともと分散指向といわれていますが,実際にはそうではありません.例えば,IP における経路制御においてもルータ間の協調は必要であり,集中処理をそれぞれのルータで行っているに過ぎません.それがネットワークの耐故障性を弱めることにつながっています.すなわち,分散処理指向をさらに推し進め,しかし,それによって損なわれるであろう資源利用の効率性の向上については,エンドホストの現状のネットワークの状態に対する適応性によって補償していく必要があります.その結果,今後も開発されていくであろう多様な通信技術に対応しながら,スケーラブルでかつ耐故障性に富んだネットワークが構築できるようになり,ユーザの多様な要求に対するサービスが提供できるようになると考えています.もちろん,そのためにはエンドホストの自律性がますます要求されるようになり,それを前提としてネットワーク全体の調和的な秩序が必要となります.実は,これは適応複雑系において議論されているところであり,それらの知見を活かしていく可能性も見えてきます.
インターネットにおいては "End-to-End Principle" が繰り返し強調されてきました.これは,
- ネットワークは特定のアプリケーションに基づいて,あるいは,特定のアプリケーションのサポートを目的として構築してはならない.
- エンドホストで実現できる機能はそのホストに任せ,関連するステート情報はそのホストにおいてのみ維持すべきである.
というものです.極論すれば,「通信機能はできるだけエンドノードにおいて実現し,ネットワークはビットを運ぶことに徹する」ということになります.この原則は "KISS: Keep it Simple, Stupid" とも呼ばれており,上述のネットワークは,インターネットの原点に戻り,それを一層推し進めようというものであると考えられます.
ネットワークの価値を示す有名な法則として "Metcalf's law" があります."The value of a network in-creases exponentially with the number of nodes." すなわち,ネットワークの価値はノード数(あるいは,ユーザ数)に対して指数的に増加するというものです.すべてのユーザが直接的に通信できる場合,N をユーザ数とすれば,ネットワークの価値 V(N)~ N2 ということになります.Web システムのクライアント/サーバモデルの発展によって,この法則が崩れつつありました.その方向性を再び変えようとしているのが P2P ネットワークともいえます.ところが,P2P ネットワークにおいても,そのピアの接続数を観察するとパワー則が観察され,複雑系の様相を呈していることがわかってきています.このような現象の原因を解明できれば,耐故障性と最適性や最適解への収束速度との関係が明らかにできると考えています.特に重要な点は,インターネットは他の複雑系と異なり,制御可能なものであるという点です.すなわち,インターネット自体が複雑系に関する巨大な実験場と見ることができます.パワー則はインターネットのトポロジーなどでも「発見」されており,それがなぜ現れるのか,適したネットワーク制御は何か,などを解明することができれば,得られた知見を他の複雑系に関する研究にフィードバックすることも将来的には可能であると考えています.
先進ネットワークアーキテクチャ研究グループの研究テーマ
本研究グループでは,以上の考察のもと,以下の研究テーマを推進しています.
1) ネットワークサービスアーキテクチャに関する研究
本研究テーマでは,IP ネットワーク基盤において今後必要とされるさまざまなネットワークサービスを実現するアーキテクチャにとりくんでいます.
1.1) 適応型 QoS アーキテクチャに関する研究
マルチメディアコンテンツの配信,コンピュータ会議システムやインターネット電話など実時間アプリケーションがすでにインターネットで利用されていますが,その品質が問題になっています.ユーザに対する通信品質をよくするためには,単にネットワークやエンドシステムを別個に考えるのではなく,それらを統合した QoS アーキテクチャが必要になります.本研究では,P2P ネットワークなどを題材に,エンドホストの適応性を根幹としてメディアストリーミングの QoS を最大化させるような QoS アーキテクチャを明らかにしています.
1.2) 分散サービス拒否攻撃に対する防御システムに関する研究
近年頻繁に見られるサービス拒否 (DoS: Denial of Service) 攻撃は,インターネット上に存在する特定のサイトに対して大量のパケットを送りつけることでそのサイトで提供されているサービスを利用できなくする,もしくはそのサービスの品質を著しく低下させるような行為を指します.DoS 攻撃は近年多様化・分散化し,その威力は増すばかりという状況になっています.中でも分散化された DDoS (Distributed DoS) 攻撃は現存するプロトコルにのっとったものであるため,その効果的な防御策はまだ確立されていません.本研究では,分散サービス拒否攻撃に対する分散防御ならびに検出機構に関する検討を行っています.
1.3) オーバレイネットワークアーキテクチャに関する研究
オーバーレイネットワークは IP ネットワーク上に論理ネットワークを構築することによって,現状の IP では提供されていないネットワークサービスをアプリケーション層で実現しようとするものです.IP をインフラとしたサービスオーバーレイネットワークの例として,資源発見・共有・キャッシング (P2P),セキュリティ,高速転送 (TCP プロキシー) などが考えられています.ISP から見ると,(1) 新しいサービスを早期に展開できる (スモールスタート),(2) 独自の目的に沿った仕様の展開が可能であり,時間のかかる標準化問題が避けられる,などのメリットがあります.本研究では,オーバーレイネットワークの問題点を解決しつつ,その利点を最大化できるようなアーキテクチャの構築を行っています.特に,下位層となる IP 層の利用状況をいかに把握するか(垂直相互作用),オーバーレイネットワーク同士がいかに影響を与え合うか(水平相互作用)などの問題が未知のまま残されており,それぞれのオーバーレイネットワークにおいて提供される品質は,オーバーレイネットワークが発展すればするほど劣化する危険性があることが容易に推測でき,その点に注目した研究を進めています.
1.4) λコンピューティング環境の構築に関する研究
近年,ネットワーク接続された複数の計算機を用いて大規模な科学技術計算を行うグリッド計算に関する研究開発が盛んに行われています.グリッド計算環境で分散計算を実行する場合,現状ではノード計算機間の通信には TCP/IP が用いられていますが,TCP/IP を用いたパケットを単位としたデータ交換では,パケット損失やパケット処理に要するオーバーヘッドの影響が大きく,大規模計算で必要な大量データの共有や交換を行うには十分な性能を得ることは困難です.そこで各ノード計算機に光ファイバを直結し,さらに近年研究開発が活発に行われている WDM (Wavelength Division Multiplexing) 技術を適用して波長パスをノード計算機間の高速な通信チャネルとして活用するλコンピューティング環境を提案しています.すなわち,波長パスを利用することにより,ユーザに対して高速かつ高信頼な通信パイプを提供することが可能になり,さらに,波長パスを用いて,例えば仮想的にノード計算機をリング状に接続することによって,分散計算を行うノード計算機間でのデータ交換,共有ができるようになります.現在,λコンピューティング環境の実現形態として,WDM技術に基づくフォトニックネットワークを用いてグリッド計算環境を構築しています.
2) 情報環境ネットワークアーキテクチャに関する研究
プロセッサ技術の進歩とともに,家電製品,携帯情報端末,駅や店など不特定多数が利用する施設での情報収集・提示装置,車や電車などの情報提示装置など,我々の生活環境には数多くの高度な情報処理機器が導入されつつあります.しかし,それらは現状では個別の利用にとどまっており,それぞれが獲得,処理した情報を他の情報処理機器でも活用できるような情報環境を確立するまでには至っていないのが現状です.特に最近 MEMS 技術の進展によってセンサの小型化・軽量化が図られるようになり,多種多様なセンサから情報を取得できる環境が整いつつあり,その結果,健康管理,防犯・セキュリティ,防災,気象などの環境測定,快適なオフィス環境など個人生活から産業社会までさまざまな応用の可能性が見えてきています.本研究テーマは,センサを含む情報処理機器から得られた環境情報をネットワーク経由で取得し,利用者にとって真に有益な情報を提供できるような情報環境を構築し,多種多様な通信手段をシームレスに結合し,その使用環境に応じて適切な情報資源を容易かつ自在に利用できるようになる情報環境ネットワークの構築を目的としています.
2.1) センサネットワークアーキテクチャに関する研究
無線,有線による通信能力を有するセンサ端末を多数配置し,ネットワークを構成することで,環境や物体の状態や振る舞いを遠隔地からでも観測,測定することのできるセンサネットワーク技術は,その応用範囲の広さから,将来の情報環境ネットワークを実現する中心的な技術として注目されています.センサ端末は数百〜数千台と多数になることから集中管理型の制御は当然困難で,また無作為に配置,導入されうることから,自律分散的な機構は必須です.さらに,センサ端末は電池駆動のため省電力な制御が必要になります.また,センサ端末を必要に応じて追加,移動するために,変化への適応性,頑健性を有することも重要です.本研究では,自律分散型,センサ端末数や観測領域の広さに対する拡張性,センサ端末の追加,移動に対する適応性,センサ端末故障に対する頑健性などを核とした省電力なセンサ情報交換・収集機構の確立を目指しています.
2.2) アドホックネットワークアーキテクチャに関する研究
無線端末同士が有線回線を介さずに自律的にネットワークを構築し,通信を行うことができるようにするのがアドホック無線ネットワークシステムです.本研究テーマでは,アドホックネットワークにおける,経路制御方式や TCP 通信の性能向上に着目した研究を推進しています.アドホックネットワークにおける経路制御方式はすでに数多くありますが,必要なのは,経路制御方式も考慮しつつ,TCP による通信性能をいかに高めるかという点にあり,そこに注力した研究を行っています.
2.3) P2Pネットワークアーキテクチャに関する研究
近年,ピア・ツー・ピア (P2P) モデルに基づいたサービスが多く提供されています.P2P では,サービスに参加するホストはピアと呼ばれ,ピアが相互に接続して論理ネットワークを形成します.サービスの問い合わせや応答は論理ネットワークを通じて行われるため,論理ネットワークが安定して構成されることが重要となります.本研究では特に,動画像や音声などのメディアストリーミング配信に対して,P2P アーキテクチャを導入することにより,利用者数,コンテンツ数,ネットワーク規模に対して拡張性を有し,また,ネットワークの負荷変動,メディアへの需要の変化,利用者の分布の変化などへの適応性があり,さらに,リンクやホスト,メディアデータの障害に対する耐性を獲得することができるような技術に取り組んでいます.
3) 次世代高速ネットワークアーキテクチャに関する研究
ネットワークの高速化は永遠の課題です.デバイス技術,伝送技術などの進展により伝送速度はどんどん大きくなりつつありますが,それをネットワークとして利用するためにはネットワークアーキテクチャとして,個々の高速化技術をどのように調和させるかが重要な課題になります.本研究テーマでは,高速トランスポートプロトコルとして TCP を中心としたプロトコルの高速化技術,フォトニック技術に基づいたフォトニックネットワーク技術に取り組んでいます.
3.1) 高速トランスポートアーキテクチャに関する研究
エンドホスト間でデータを高速に,かつ効率よく転送するための中心技術がトランスポートプロトコルです.特にインターネットで用いられている TCP では,エンドホストがネットワークの輻輳状態を自律的に検知して転送率を決定しています.これは,インターネットの基本思想である End-to-end principle の核になっているものです.しかし,エンドホストの高速化により,その適応性をより高度なものにできる可能性が十分にあります.また,ネットワーク内ルータでは,エンドホストの適応性を前提とした制御を考えていく必要がありますが,それが実現されれば,自律性,適応性に富んだ高機能ネットワークの可能性も見えてきます.本研究テーマでは,そのような高速トランスポートプロトコルに関する研究に取り組んでいます.また,CDN (Contents Distribution Network) やデータグリッドなど,IP ネットワーク上において特定のサービスを提供するためのオーバレイネットワークにおけるトランスポートアーキテクチャに関する研究にも取り組んでいます.
3.2) フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究
近年の光伝送技術の発展には目覚しいものがあり,WDM (波長分割多重) 技術によってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきています.しかし,光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち,インターネットに適した光通信技術の適用形態については十分に明らかになっていないのが現状です.短期的には,高性能・高信頼光パスネットワークがその中心技術になると考えられますが,一方,長期的な解としてはフォトニックネットワーク独自の通信技術を用いた大規模かつ分散制御型の光パスネットワークも考えられます.本研究テーマでは,これらの点に着目しつつ,将来の大規模かつ分散型フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究を進めています.
4) 次世代ルーティングアーキテクチャに関する研究
4.1) IPv6 ネットワークにおけるエニーキャスト通信実現のためのプロトコル設計と実装
IPv6 は,IPv4 のアドレス枯渇問題を解決するだけでなく,IPv4 にはない新しい機能についても多くの提案および標準化が進められています.本研究テーマでは,IPv6 ネットワークを実現するために必要とされるこれらの技術課題について取り組み,解決法を示すことを目標としている.現在,特に,IPv6 の新しい機能のひとつであるエニーキャストルーティングを対象とした研究に現在取り組んでいます.エニーキャストアドレスは,複数の端末に対して同一のアドレスを割り当てる技術であり,クライアント側は複数存在する同一アドレスのサーバから,適切なサーバに対して通信できるようになります.しかし,現状エニーキャストアドレスの機能はほとんど利用されていないのが実状です.この原因として,エニーキャスト通信に必要となる多くの機能がいまだ定義されていないこと,エニーキャストに適したアプリケーションが明確でないこと,また,実運用に必要な技術が整備されていないことなどが挙げられます.本研究では,これらの問題を統合的に扱い,エニーキャストをより使いやすく,また広く普及するために必要なものが何か,という問題についてその解決法を示すことを目標とし,また,それらの実現のために標準化団体IETFに積極的に参画しています.
4.2) インターネットのトポロジー特性に基づく経路制御機構に関する研究
現状のインターネットにおいて AS 間・ルータ間の接続状況の観測結果に基づいて,AS およびルータの出線数の分布がべき乗則に従うことが示されています.従来のべき乗則に従うネットワークを対象とした研究では,そのモデル化手法の提案や AS レベルを対象としたトポロジー特性,リンク負荷特性の評価が広くなされてきました.また,最近,ルータレベルのインターネットトポロジーに着目し,ルータのバックプレーン処理能力やインターフェース速度による技術的制約のもとでネットワークのスループットの最大化を目指した結果としてべき乗則を有する構造となること示されています.ところが,インターネットトポロジーがべき乗則に従う理由を示すのみでは実用上不十分で,トポロジー特性を利用したネットワーク設計,設備量予測,トラヒック制御に応用していく必要があります.本研究ではこのような考察のもと,経路制御機構に着目した研究を進めています.
5) 新しいネットワーク理論の構築に関する研究
5.1) ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究
ネットワークの高速化,効率化の中心技術となるのが輻輳制御です.旧来の電話交換網における輻輳制御では,アーラン呼損式を核とするトラヒック理論がその理論的な支柱となってきました.一方,インターネットに代表されるコンピュータネットワークにおいては,待ち行列理論が古くから輻輳制御設計を解決するものとされてきました.しかし,インターネットにおいては,エンド間トランスポート層プロトコルである TCP がネットワークの輻輳制御の役割も担っています.TCP は基本的にフィードバックメカニズムに基づくもので,従来の待ち行列理論に代表されるマルコフ理論が意味をなさないのは明らかです.本研究テーマでは,そのような考え方に基づいて,ネットワークの輻輳制御の解明を目指した研究を進めています.
5.2) べき乗則に従うトポロジーを有するネットワーク特性の解明に関する研究
これまでのべき乗則に従うネットワークに関する研究においては,現実のインターネットにおける特性に着目した研究は行われていません.例えば,べき乗則に従うトポロジー形成を説明するものとして Barabasi-Albert (BA) モデルがありますが,これはネットワークの成長,および,新規リンクの優先的接続 (Preferential Attachment) によってトポロジーモデルを構築するものであり,例えば,WWW システムのリンクの接続関係も BA モデルではうまく説明されています.しかし,インターネットにおいては,単にリンク接続数の確率分布を考えた議論のみでは不十分であり,以下を考慮していく必要があります.すなわち,現実のインターネットにおいては,ネットワーク設計者の介在により,ネットワークの中心部(コアネットワーク)には大容量のノードやリンクが存在し,一方,エッジ部には,アクセスネットワークとして大量の低速回線を収容するようなノードが多く存在し,結合分布のみでネットワークのトポロジー特性が決まるわけではありません.そのため,べき乗則に従うインターネットに適したトラヒック制御方式,および,ネットワーク設計論を確立することが必要になります.べき乗則に従うネットワークに関する研究は,多くの学問分野に跨って取り扱われており,まずはそれらの内,インターネットにおいても有効であるもの,そうでないものの取捨選択を行い,その上でインターネットにおけるトラヒック制御方式やネットワーク設計手法を考えていく必要があります.すなわち,テーマはトラヒック制御法やネットワーク設計に関するインターネットにおける新しい基礎理論の創出を目指したものです.
6) 生物の頑強性,自律性に着想を得た情報ネットワークアーキテクチャの構築に関する研究
本研究テーマは,近年のインターネットの飛躍的な発展に伴って顕著になりつつある諸問題を,生物学の研究において得られた知見をもとに解決して,ネットワーク分野の新たなブレークスルーを切り拓くことを目的としています.そのために,以下の3段階にわたる課題を設定することによって,研究を早期に立ち上げるとともに,将来のネットワークのあり方に対する展望を視野に入れた研究を進めています.
6.1) 新しく発展しつつあるネットワークのための通信技術の確立
最近急速に発展しつつある P2P (Peer-to-Peer) ネットワーク,アドホックネットワーク,センサーネットワークにおいては,さまざまな個別要素技術の確立が急務になっています.これらのネットワークにおいては,拡張性や自律性,適応性などの特性が求められており,これらは生物システムの持つ頑強性,適応性,自律性(自己組織化)などによって解決できる可能性が大きいと考えています.ただし,それらがネットワークの問題をすべて解決するとは到底考えられず,何が役立ち,何が問題となるか,何が足りないかといった点を明らかにすることも本課題の重要な目的です.具体的には,生物に学ぶネットワーク制御を新しいネットワークに対して適用し,個別要素技術の確立を図ることです.対象としているものは,P2P ネットワークにおける資源発見機構やキャッシング機構,アドホックネットワークにおける輻輳制御や経路制御,センサーネットワークにおける電力制御や経路制御,クラスタリング手法などで,これらによって,生物システムの頑強性,適応性,自律性や自己組織化手法に学びつつ,新たなネットワーク制御を実現していきます.生物界の挙動を情報システムに持ち込んだ例としては過去にも遺伝子アルゴリズム (Genetic Algorithm) や ACO (Ant Colony Optimization) などがありますが,これらはそれぞれ,遺伝子をモデル化したり,ありの生態を模すことによって最適化問題を解くというものであり,上に示した本テーマの目標とは根本的に異なるものです.本テーマの目的は,「群行動によるインテリジェンス」,すなわち,間接的なインタラクションによって全体の制御を実現したり,あるいは環境を介した通信によって全体の制御を実現するもので,複雑系で議論されるところの「要素の寄せ集めではなく,パーツの集合体以上の振る舞い」を実現できると考えています.
6.2) 既存ネットワークアーキテクチャの見直し
アプリケーション層を含めたインターネットの各層プロトコルにおける制御の見直しの必要性が,最近活発に議論されています.ネットワークの巨大化に伴う諸問題を解決するためには,P2P ネットワークやアドホックネットワークなどにおける資源発見機構は,既存ネットワーク技術を変革する可能性が大きいと考えられ,それを考慮しつつ各層制御について見直しを図っていくことが今後重要になります.具体的な目標は,ワイヤレスモバイル環境を含めた現状のインターネットの各層における制御はこのままでよいのかという根源的な問いに対する解答を得ることで,特に P2P ネットワークにおける資源発見機構やアドホックネットワークにおけるピア発見などオンデマンド型資源発見機構は既存ネットワーク技術を不要とする可能性をも秘めていると考えられます.本研究テーマでは,その点を視野に入れた研究を進めています.
6.3) 適応複雑系としてのネットワークにおける制御技術の確立
適応性に富んだ,また,頑強性や安定性を確保したネットワークの構築を行っていくと,必然的に適応複雑系としてのインターネットに行き着くことが容易に予測できます.事実,適応複雑系を特徴付けるものとして以下が挙げられていますが,これらはわれわれの目指しているネットワークそのものであるということができます.
- (フィードバック)制御: TCP そのもの,各階層におけるフィードバック制御
- 冗長性: IP の経路制御
- モジュール化:プロトコルの階層化,ノードやエンドホストの自律的制御
- 構造安定: AS 単位の階層化,センサーネットワークやアドホックネットワークの自己組織的クラスタリング
すなわち,ネットワークの構造自体が適応複雑系をなしているといっても過言ではありません.特に最近では,ネットワークにおいてもパワー則が数多く発見されていますが,これは適応複雑系との関係が指摘されており,このような現象があらわれる原因が解明できれば,耐故障性と最適性や最適解への収束速度との関係も明らかにできるであろうと予測されます.特に重要な点は,インターネットは他の複雑系と異なり,制御可能であるという点です.すなわち,インターネット自体が複雑系に関する巨大な実験場と見ることもでき,本研究テーマで得られた知見を他の複雑系に関する研究にフィードバックしていきたいと考えています.
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